大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)810号 判決 1963年4月26日
控訴人(被申請人) 阪神電気鉄道株式会社
被控訴人(申請人) 永浜義博外二名
主文
原判決を取消す。
大阪地方裁判所が同庁昭和二五年(ヨ)第一、八四五号仮処分申請事件につき、昭和二八年一二月二五日なした仮処分決定を取消す。
被控訴人等の本件仮処分申請は之を却下する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。
此の判決は第二項に限り仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は主文第一ないし第四項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述並に証拠の提出援用認否は、控訴代理人において
「第一、本件措置の事情及び経緯
終戦後我国の経済的基盤が壊滅に帰し、国民も亦物心共に長期にわたる虚脱状態が続いたのであるが、この間国内状勢は暴力騒擾事件が相次ぎ混沌とした様相が現出し、之に乗じて日本共産党は飛躍的に勢力を伸張し、各地の破壊活動を指導し、殊に労働組合内部に対する浸透は甚だしく、戦後画期的に保護されるに至つた労働組合運動を隠れ蓑として之を階級闘争の手段に利用し、一般従業員に資本主義経済組織の破壊を激しく煽動するに至つた。
而して控訴会社においては共産党員約八〇名に及び共産主義革命の重要拠点に挙げられていた程で、会社としては企業を崩壊から救うためには、これらの破壊的危険分子たる一部従業員を排除し禍根を絶つより他に手段が無いとの結論に達し企業再建の重大な決意をするに至つたものである。
原審において主張した連合国総司令官の声明及び各書簡はこのような折柄に発せられたものであり、昭和二五年九月二六日には私鉄の労使代表が総司令部労働課に招集され、エーミス課長から共産党を追放するという右書簡の線に沿つて企業破壊者より企業を防衛するのが企業の使命であるとの旨の示唆があり、整理の対象としては、共産党員であるというだけでなく、その中のアクテイヴリーダー、アグレツシブトラブルメーカーを排除すべきであること同意協議約款の有無に拘らず、会社と協力する組合とは協議することが望ましく、整理は同年一〇月末日迄に完了すること人員職名期日について私鉄経営者協会より総司令部宛報告すること、この措置は米国政府の意向に基くものであるから、労使双方がその意を体して実施を考えて貰いたいこと等の談話があり、特に、追放は占領政策であるから経営者としてやらねばならないことが強調された。一方労働組合側においても四囲の情勢から私鉄においてもこの措置が実施されることを察知し、先づ私鉄総連は同年九月一九日より開かれた第二回中央委員会において、暴力による破壊行為及び之を準備する行動は許されないから、之に該当する者が処分の対象とされるのは已むを得ないが、唯時局に便乗する不当解雇には反対するとの態度を打出し、関西地連及び阪神労組においても、この総連の基本的態度に基づき事前に具体的対策を樹てていたのであり、所謂レッドパージそのものは組合及び組合員大衆共に当然のこととして感じとつていたのである。控訴会社もこのような経過から破壊的危険分子を排除する措置を実行する時期の到来を知り、企業を破壊から守るため、且つは占領政策の基本方針に示された基準に該当する者を排除する手筈をすすめることとし、その実行方法としてはなるべく組合の協力と当人の自発的意思による退職にまつことを主眼として原審において主張したような処置をとつたものである。
一方組合においては同月二二日執行委員会を開いて協議の結果この問題については団体交渉によることを決定し、その翌日会社に之を申入れると共に、之と平行して中央闘争委員会を開催して対策を協議したが、会社側の意向は経営協議会でのみ交渉に応ずるとの態度であつたから、中央闘争委員会においては経営協議会と団体交渉のいずれによるかは戦術上執行部に一任され、その結果同月二五日の執行委員会において本件に関する交渉は経営協議会に全権を付託する旨決定された。その翌日には中央闘争委員会で右の決定が承認され、之と同時に会社に対し組合側経営協議会委員から同会開催を申入れたのである。同月二六日と二七日の同会の模様は原審における主張のとおりであり二八日には組合は臨時大会を開いて本件に関するすべての経過を報告し、併せて今後の方針を審議し、前日迄の交渉経過と共に、経営協議会に全権付託の決定も報告の上承認された。又経営協議会委員もこの大会に出席して本件措置を組合としても了承せざるを得ないとの大会及び一般従業員の空気を察知したことは推察に難くないところであつて、そのため二九日の同協議会においても組合側委員は本問題に関する限り交渉委員の権限を付与されている旨を明言し、引続き同協議会小委員会において会社側からアクテイブリーダー、アグレツシブトラブルメーカーのみが対象である旨の説明を受け、一旦は一、二名の減少を申出たが、会社側より拒絶されるや、休憩の後他の経営協議会委員にも諮つた上全面的に諒承し、希望退職者の帰郷旅費補助金の増額を求め、会社側も之を認めて経営協議会を終了したのである。
第二、解雇の効力について、
先きに掲げたマッカーサー声明及び一連の書簡を一体として検討すると、報道機関のみならず、私鉄を含む重要産業から共産党員及び同調者を排除すべきことを要請したことが認められるのであるが、昭和三五年四月一八日の最高裁判所大法廷決定は之を以て単に公共的報道機関のみでなく、その他の重要産業をも含めてなされたこと明らかであるばかりでなく、そのように解すべきである旨の指示が、当時同裁判所に対しなされたことは同法廷に顕著な事実である旨を判示し、その趣旨は昭和三七年二月一五日の同裁判所小法廷判決にも引用されている。控訴会社の営む運輸事業が公共の福祉に直接関係を有する公益事業であることは公知の事実であり、右にいわゆる重要産業に該当することは言をまたない。そうすればわが国の国家機関及び国民は、連合国最高司令官の発する一切の命令指示に誠実迅速に服従する義務を有し、わが国の法令は右指示に抵触する限りにおいては、その適用を排除されるものであるし、控訴会社もエーミス課長から一〇月末までに措置を完了し、該当者名等を報告するようとの至上命令に近い指示を受けたのであり、この命令の存在の故に労働組合も本件措置を承認したものである。被控訴人等が共産党員であることを自ら認めており、同人等が総司令部の指示するアクテイブリーダー、アグレツシブトラブルメーカーであつて基本方針に該当することは原審において主張したとおりであるから、このような経緯から会社の行つた措置の有効なること勿論であり、原判決には重大な判例違反及び違法がある。
仮りに本件措置に国内法の適用があるとしても、次のとおり憲法、労働基準法に違反することなく、又労働協約、就業規則に基く組合の承認を得ており協約違反の責を問われるいわれは無い。
(イ) 本件解雇は単に共産党員又はその同調者という理由によるものではなく、又レッドパージに便乗する不当解雇でもない。労働基準法第三条に規定するところは単に信条そのものを理由として差別待遇をすることを禁止しているのであつて、たとい信条の中に政治的信条を含むとしても、ここに言う信条とはあくまで内心的な信条をいうのであつて、或る信条が既に単なる信条の域を越えて行動段階に達したならばその行動及び之によつて形成された状態について合理的な評価を加えて取扱うことは何ら当該条項の禁止するところではない。而も被控訴人等は先に主張したとおり会社における顕著な企業破壊行動者であつた。
(ロ) 原判決中本件解雇について組合の承認がなかつたとの判断は余りにも文字の解釈にとらわれ、労使の交渉実態を無視若くは誤認したものである。
会社における従前の労使間の交渉慣行をみると、組合側交渉委員との話し合いのまとまつた際に、中央委員会にはかるからと言つて最終回答を留保する場合には、組合は必ず数時間乃至数日後に返事に来て了承し妥結に達するか、或は了承できないときは、どんなに些細なことでも直ちに再交渉を要求する。之に反し本件の最終経営協議会におけるごとく右のような留保がなく最終的に了承した場合は組合は再び意思表示をして来ることがなく、回答のとき直に妥結したものとして取扱われて来たのである。
而も組合は一〇月二二日以降連日にわたつて会議を開催して対策を協議し、二六日には経営協議会委員に全権を付託する旨の速報まで流し、二八日には臨時大会まで開催して一般従業員も緊急の問題であり、期限の迫つていることを認識して経営協議会委員に委したのであり、組合として衆智を尽して交渉に当つたのであつて、単に同会委員の一存だけで終始交渉し、その結果を機関に諮るというものではなく、交渉はまさに全組合員の注視のうちに行われて来たのであつて、二九日の経営協議会委員の最終回答もそのような情勢の中から出された結論であり、組合の真意は本件を承認したものであること明白である。
更に従来の組合は激烈な闘争意欲を持ち、どんな些細なことでも要求が通らねば直ちに且つ強硬に反対を執拗に申入れ、要求達成のためには実力行使を背景として徹底的に闘争し、会社が要求に応じないからとて、直ぐに引退るような従順穏健な組合ではなかつた。しかるに本件においては、一〇月二九日に経営協議会が終了し、三一日に実施されるという緊急の事態において組合からその以前に何らの申入れもなかつたことは勿論、その後中央委員会は大会が報告を受けたと原判決の認定する一一月九日又は一七日以後も、組合として何の異議もなかつた。而もこの間一一月一日、二日、六日、七日、八日、一五日、一二月二日、七日、二〇日には夫々臨時給与その他の問題について団体交渉が行われ、組合として異議を述べる機会は何度もあつたに拘らず、漸く一二月下旬頃他の問題に関する団体交渉の際ついでに組合側からこの問題に触れたことはあつたが、会社が相手にしなかつたので、組合側も一旦提示しかけた文書も撤回したことがあつたのみである。以上の経過から見ても組合として経営協議会委員を機関代表として本件措置を承認する真意であつたとしか考えられない。又原判決は事後の中央委員会及び大会において否定的結論を出したと認定しているが、一〇月三〇日の執行委員会においては、最終の経営協議会の結論を議案として付議されたのではなく、報告が行われたにすぎない。而も報告を承認しないという九票のうち退職該当者が六票を投じており、これら重大な利害関係人の加わつた表決は到底その公正を期待できず、当該執行委員会の不承認の表決は有効と解することはできない。仮りにこの表決が形式的にあつたとしても、過去の機関代表者である経営協議会委員の承認を覆えす拘束力は無い。一一月九日の中央委員会及び同月一七日の定期大会においてもこの問題は一般経過報告の中に含まれ、一括して承認されたにすぎず、討議若くは承認不承認の意思決定は行われていない。
(ハ) 原審においてなした表見代理の主張についても、会社側としては組合側との交渉において出席した組合側委員の権限の程度はその委員を通じてのみ知ることができると共に、組合側委員が回答を留保せぬ限りはすべての権限を委されているものとして交渉に当るのであつて、それ以上組合内部に立ち入つて調査はできない。衡平の原則からみても、表見代理の規定は労働法上の法律関係にも類推適用されるべきであり、之を否認するのは労使慣行の実態を無視する暴論である。又組合側交渉委員が解雇を承認する旨の回答を行つた後二カ月を経過して之と逆の意思を表明するごときは信義則に違背し、明らかに承認拒絶権の濫用である。
第三、仮処分の必要性について
被控訴人等は、いずれも他より多額の収入があり生活困窮に直面していないから、仮処分の必要性は無い。」と述べ(証拠省略)
被控訴代理人において
「いわゆるレツドパージによる解雇をめぐる法律問題において、その解雇がいかなる法規範にもとづいて行われたものであるかということは、解雇当時から最も基本的な重要問題として争われてきたところであつて、解雇が日本国憲法を基本とする国内法規範によつてなされたか、連合国司令官の発した命令指示に基くものであるかとの形で問題が提起されたものである。
この点につき占領下における裁判所の判断は、昭和二五年七月一八日の連合国最高司令官の書簡の文言に公共の報道機関が挙げられていたため、新聞報道関係のレツドパージと一般産業のそれとでは異つた取扱がなされ、一般産業に関しては右書簡を以て、公共的性質を有し、秩序の維持と公共の福祉に重要な関係を有する部門から共産主義又はその同調者を排除しなければならないとの法則を示すもので、唯その運用を各企業者の自主的判断に委ねたものと解した昭和二五年一一月二二日の札幌地裁決定と、各書簡により日本共産党に関して繰返し指摘された事実は連合国の従来発表してきた政策と直接密接な関係をもち、占領政策の基礎となつているもので、占領下における日本及び日本国民に対し最高の権威として憲法その他の法令に拘束されることなく法規範を設定する権能を有する連合国最高司令官が占領政策の基礎として指摘した事実判断で、占領治下にある者は何人も占領政策に関する限り之を尊重するを要し、日本共産党の行動に関し之と抵触する事実の認定は許されないとした昭和二六年八月八日の東京地裁決定に主要な傾向が見られるごとく、占領下においてパージにつき肯定的判断を下した裁判所さえ、一般産業のパージが最高司令官の指示に基くものであることを断定することを憚つていたことが指摘できる。
尚講和条約発効後においては、一般産業について右書簡を直接法的根拠とすることはできないとの判例が続々あらわれていたところ、控訴人引用の大法廷決定が下されたので、次に之を検討する。
右決定に引用される昭和二五年五月三日の声明、同年六月六日、七日、二六日、七月一八日附各書簡を一読すれば一般重要産業のパージは勿論のこと、新聞報道機関から共産党員を排除すべきであるとの法規範が設定されたとの結論を得ることは困難で、最高裁判所のいうように声明書簡の趣旨に徴し明らかであると言えるならば従来全く同様の事案に対して数多くの下級裁判所が之と全く異つた判断を下していることをどのように評価すればよいか疑問であるばかりでなく、一旦右のように断言しながら最高裁判所もそのように解すべきであるとの解釈指示がなされたことをつけ加えていることは、かかる解釈指示が必要とされる程に不明確であることを認めざるを得なかつたことのあらわれであり、要するに前掲の声明書簡自体から重要産業より共産党又はその同調者を排除すべき旨の法的規範が設定されたと解する余地は全くない。
更に右大法廷決定がこの解釈指示のなされたことは当裁判所に顕著であるとしながら、之についての具体的事実を全然示していないので、その事実の存否の断定に困難が伴うのであるが、総司令部エーミス労働課長の談話或は大橋法務総裁保利労働大臣等政府担当者の再三の見解表明等より見ると、レッドパージは最高司令官の指令ないしは指示に基いてなされたものではなく、経営者が企業防衛の見地に立つて自らの責任において自主的に実施したものであることが明かで、最高裁判所に対し前掲の解釈指示のなされたようなことはあり得ないと推測されるのである。
このことは連合国の我が国に対する管理政策の根本方針やその管理機構を考えると、一層明かである。すなわち、ポツダム宣言第一〇項は言論宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重を対日管理政策の基本方針の一つとしており、之に反して共産党員若くはその同調者であるという思想信条のみを理由として、特段の必要もないのに一般産業から一部従業員を排除することはなし得べくもない。更に連合国の対日管理が最高司令官の恣意に委ねられていたのでなく、政策決定機関として一一カ国の代表から成る極東委員会が置かれ、最高司令官に対する勧告機関として五カ国の代表から成る対日理事会が設けられ、ソ連を含む連合国の意見に基いて対日管理政策が遂行されることとなつており、特に極東委員会は単に政策決定のみでなく、最高司令官のとつた行動を変更するという強力な権限をもつていたのであつて、このような管理機構の下で、対日管理政策の基本方針に反する一般産業のレッドパージを最高司令官の名によつて指令するようなことはあり得ないことであり、解釈指示という装いの下に実質的には全く新たな指令を発するようなことは考えられないのであつて、最高裁判所の判断については、重大な疑惑が残るのである。
更に決定的な問題は、解釈指示がなされたことが、裁判所に顕著であり、証明を要しないとされていることが、訴訟法上どのように評価されるかという点にある。元来証明の対象となるものは事実であり、最高裁判所に判示のような指示があつたか否か、又その内容如何ということはまさに証明の対象とされなければならないのであつて、右書簡の解釈について下級裁判所の判断が区々に分れているという事実こそ、解釈指示の存否内容が証明されなければならないという必要性を最も端的に示している。法令の解釈適用を統一し、法律生活の安定を図るべき使命を持つ理性の盾である最高裁判所が、このような重要な問題について具体的根拠を挙げることもしないで裁判所に顕著であるとの一言を以て片づけるごときは甚だしく不当であり、非難されなければならない。而も前掲の大法廷決定に関与した一四名の裁判官の内、入江俊郎、池田克、垂水克己、河村大助、奥野健一、高橋潔、高木常七、石坂修一の八裁判官はいずれも講和条約発効の日である昭和二七年四月二八日以降に任命されている。してみるとこれらの八裁判官が最高裁判所裁判官として職務上直接指示を受けるということは無かつた筈であり、たとえ解釈指示が事実としても、少なくとも右八裁判官は書類又は口頭によつて知る他は無かつた筈であつて、このような場合に裁判所に顕著であるということは訴訟法上許されることではない。最高裁判所が殊更具体的な根拠を明示することを避けて敢えて裁判所に顕著であると判示したところから推して、解釈指示があつたとの点に更に疑惑が深まるのである。
かくして右大法廷決定には多くの重要な問題点を持つており判例としての意義は極めて乏しい。又この決定の後になされた各下級裁判所の判決は、多くは右の大法廷の決定を無批判に踏襲したものであつて、このような判決をした裁判所は、右大法廷が顕著なものとした解釈指示とその内容を如何にして知り得たかとの疑問を提起しておく。
次に控訴人の主張するように、私鉄のレッドパージにつき、連合国最高司令官よりエーミス労働課長及び私鉄経営者協会を通じて控訴人に伝えられた指示の内容が共産主義又はその同調者を対象とするか、或はその内アクティブリーダー、アグレッシブトラブルメーカーのみが対象であるかも重要な問題である。このことはレッドパージが最高司令官の指示に基くものであると仮定したとき、朝日新聞社事件における昭和三三年六月五日の最高裁判所判決においては共産党員又はその支持者を対象としていることとの関係において重要な意義を有する。之はもとをただせば、新聞報道機関におけるパージが昭和二五年七月一八日マッカーサー書簡に基きGHQ追放課長ネビヤの指示によつてなされたのに対し一般産業のそれは同労働課長エーミスの談話に基いており、司令部自体がパージに関して新聞報道機関と一般産業との間に明白な差異を認めていた事実によるものであつて、このことから本件解雇の法律的根拠に関する控訴人の主張の誤りはより明かになると思料される。
尚被控訴人は原判決事実欄に明示されていない次の主張を維持する。すなわち控訴会社の就業規則第六三条は死亡停年、休職期間の満了の他従業員がその意に反してその地位を失うべき場合を一、懲戒処分二、組合よりの除名三、不具廃疾又は身体若くは精神の衰弱により職務を執ることのできないとき四、やむを得ない事業の縮少による過員を生じたとき等に限定しており、本件解雇はいずれにも該当しないから、仮りに組合が本件解雇について承認を与えたとしても、就業規則による解雇権の制限に反して解雇を行うことは許されることではなく、就業規則変更の手続はもとよりとられていないから解雇は無効である」と述べ、……(証拠省略)……たほか、
いずれも原判決事実摘示と同一であるから、之を引用する。
理由
被控訴人等がもと控訴会社の従業員であり、控訴会社が之に対し解雇の意思表示をなした経緯は原判決理由冒頭の「第一」の項に認定のとおりであるから、之を引用した上、右解雇の効力に付考察するに先立ち、本件解雇について日本国内法及び企業内の労働協約、就業規則等の適用がないとの控訴人の主張について検討する。
昭和二五年五月三日以降数度にわたり、当時我が国を占領していた連合国最高司令官マッカーサーが、控訴人主張の声明を発し、又内閣総理大臣宛書簡を送つたことは当裁判所に顕著な事実であり、その内容は成立に争のない乙第九号証により疏明せられるところである。而して右の内先づ同年五月三日付声明の内容を仔細に検討するに、それは、日本国民が新憲法施行以来満三年間を戦争の結果としての破壊と絶望から脱して平和と安穏と希望をもたらした努力をたたえると共に、日本共産党が国民の反撥をかい政治的には事実上勢力を失う窮状に陥つたのを打破するため合法の仮面をかなぐり捨て、公然と国際的略奪勢力の手先となる役割を引受けていることを指摘し、日本国民が今後起るべき陰険な攻撃の破壊的潜在性にたいして公共の福祉を守りとおすために、憲法の尊厳を失墜することなく、英知と沈着と正義をもつて対処することを期待するとの趣旨のものであるから、日本国民の共産主義運動に対する心構えについての勧告と見るのが相当である。又同年六月六日付書簡の文面も、ポツダム宣言に示された、日本国国民の間における民主主義的傾向の強化に対する一切の障害を除去すべき旨の指示に基いて、日本国民の間の民主主義的傾向を破壊しようとする勢力である日本共産党の中央委員の氏名を列挙してこれらの者を公職から追放すべきことを指令したものである。次に同月七日付書簡は共産党機関紙アカハタが同党内部の最も過激な不法分子の送話管を演じていることを指摘してその編集担当責任者の氏名を列挙してその追放を指令したものであり、同月二六日付書簡は、先きの書簡の発表後もアカハタが悪意のある虚偽の煽動的な宣伝を広めるために用いられたとして、その発行を三〇日間停止することを指令したものである。更に同年七月一八日付書簡も、日本共産党が公然と連繋している国際勢力が民主主義社会における平和の維持と法の支配の尊厳に対し更に陰険な脅威を与えているので、かかる情勢下においては、日本においてこれを信奉する少数者がかかる目的のため宣言を播布するため公的報道機関を自由且無制限に使用することは、新聞の自由の概念の悪用であり、これを許すことは公的責任に忠実な日本の報道機関の大部分のものを危険に陥れ、一般国民の福祉を危くするものであることが明らかになつたとして、「現在自由な世界の諸力を結集しつつある偉大な闘いにおいては、総ての分野のものはこれに伴う責任を分担し、且つ誠実に遂行しなければならない。かかる責任の中公共的報道機関が担う責任程大きなものはない」と説き、共産主義者が言論の自由を濫用してかかる無秩序への煽動を続ける限り、彼等に公共的報道の自由を使用させることは、公共の利益のため拒否されねばならないとして、直接にはアカハタ及びその後継紙並に同類紙の発行に対し課せられた停刊措置を無期限に継続することを指令すると共に、間接的には共産主義者の公的報道の自由の使用拒否を要請したものであるが、右に引用した原文にいわゆる「総ての分野のもの」なる語句が極めて漠然たるものであるため、之が報道機関以外の重要産業の経営者をも包含するものと解すべきか否かには確かに疑問を挿む余地が無いとは謂い切れないものがある。
次に成立に争のない乙第一〇号証及び第九三号証によると、連合国総司令部経済科学局エーミス労働課長が私鉄経営者協会を招集し、その席上において控訴人主張の内容の談話を行つた事実の疏明がある。而して、以上の一連のマッカーサー声明及び各書簡並にいわゆるエーミス談話に関し、最高裁判所は製薬会社従業員の解雇に関し右七月一八日付書簡に基く最高司令官の指示がただ単に公共的報道機関についてのみなされたものではなく、その他の重要産業をも含めてなされたものであることは、当時同司令官から発せられた屡々の声明及び書簡に徴し明らかであるばかりでなく、そのように解すべきである旨の指示が当時最高裁判所に対しなされたことは同法廷に顕著な事実であり、このような解釈指示は、当時においてはわが国の国家機関及び国民に対し最終的権威をもつていた旨を判示し(昭和三五年四月一八日大法廷決定以下之を(イ)の判例と略称する)、更に本件と同様のいわゆる私鉄従業員の解雇に関し重ねて、前示エーミス労働課長の談話は、連合国最高司令官の指示についての解釈の表示であつて、そのような解釈の表示も、当時においては、わが国の国家機関および国民に対し、最終的権威を持つていたものと解すべきものであることは、最高裁判所の判例の趣旨とするところである旨を判示し(昭和三七年二月一五日第一小法廷判決、以下単に(ロ)の判例と略称する。)、右(ロ)の判例においては、報道機関従業員の解雇に関する昭和二七年四月二日の大法廷決定及び前掲(イ)の判例が引用されている。
ところで右(イ)(ロ)の各判例に関しては、最高裁判所に対しそのような解釈指示のあつたことの根拠を明らかにしていないことにつき批判が重ねられており、当裁判所としても右の根拠を認識することはできないのであるが、最高裁判所に対し右のような解釈指示があつたか否かということ自体は、単なる事実問題であつて、法律解釈の問題ではないから、最高裁判所が大法廷の裁判を以て、之を同法廷に顕著な事実であると判示する以上、当裁判所としては、かかる微妙な事実問題については、最高裁判所を信頼して、そのような事実があつたものと認めるほかはない。右の大法廷を構成する裁判官の過半数が平和克服後の任命にかかる事実も、何等以上の判断をなすについての支障となるものと考えるに足りない。又最高司令官の指示命令は必ずしも文書によるを要するものとも謂えない。更に前掲エーミス談話に付考察するにそれが一見して明確に最高司令官の意思に反することが明瞭であるというような特別異例の場合は格別、かかる例外事由は全く認められない本件にあつては、今日から顧みて当時の政治的社会的状況を考察してみると、右の談話は最高司令官の指示命令と全く同一視しなければならぬものであつたと見るのが相当である。この談話中には、この追放は労使の協力により行うことで、実施の責任は使用者にあり、総司令部は干渉も指示もしないとの趣旨の文言があるけれども、苟くも総司令部の名において私鉄経営者協会を招集して行われた談話であり、而も一〇月末日という期限まで附し、且つ人員職名等を総司令部宛報告を命じたことその他談話全体の趣旨から考えると、之亦総司令部の命令指示そのものであることには疑問の余地がないのであり、之を以て単に日本国民若くは私鉄経営者に対し自主的に、破壊的活動を企図し実施する者を排除すべきことを占領政策として勧奨し、且つこれを事実上支援したにすぎないものと見ることはできない。
又最高裁判所に対し右のような解釈指示があつた以上それが単に最高裁判所のみに対する指示であつて、下級裁判所は之に従う必要はないとの趣旨のものであつたということは到底考えられないのである。而も下級裁判所に対する伝達も当時は兎も角、現在においては遅くとも右(イ)の大法廷決定により明らかにされたものと見られるのであるから、当裁判所も右の解釈指示を度外視して裁判をすることはできないと考える。
以上の次第であるから、当裁判所は前掲一連のマッカーサー声明及び各書簡並びにエーミス談話を互に相関連するものとして之を総合して考察した場合、日本国政府及び私鉄を含む重要産業経営者に対し公共的報道機関のみならずこれら重要産業から共産党員又はその支持者の攻撃的破壊的活動者を排除すべき旨の命令指示があり又最高裁判所に対してもそのような解釈指示があつたものと認定し、この命令指示は日本国憲法その他の国内法及び企業内の労働協約就業規則等の適用を排除するものと解するのである。勿論連合国最高司令官といえどもその権限は絶対のものではなくポツダム宣言その他の占領法規に違反することは許されないこと勿論であるけれども、右に認定した命令指示は、該当者をその者の抱く思想内容の故に追放すべきことを命じたものではなく、攻撃的破壊的行動のあつた者のみの追放を命じたにすぎないのであり、この程度に範囲を限定しての追放は、一九四五年七月二六日のポツダム宣言第一〇項の規定する「日本国国民の間に於ける民主主義傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし。言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立せらるべし」との原則その他如何なる占領法規にも反する筈はないのであるから、最高司令官の右の命令指示そのものには何等違法若しくは無効の廉はないと解するのであつて、以上の判断に反する被控訴人の主張は採用できない。
そこで本件における問題点は、被控訴人等が右にいわゆる破壊的活動をしたか否かの争点に移るわけであるから、以下この点に付考察すると、次のとおりである。
先づ被控訴人三名に付、解雇基準に該当する具体的事実として控訴人が主張するところは、原判決別紙添付書面の記載のとおりであるから、之を逐一点検してみると、その中にはたとい若干の行きすぎはあつたとしても結局は単なる組合運動の域を出ないと見るべきものが多く含まれているのであつて、当裁判所が右の解雇基準に該当するか否かを証拠と対照して考察すべき事実としては、被控訴人三名に殆んど共通のものとして、次の二点を残し、その余はすべて控訴人の主張自体失当として之を却けるのを相当と認める。
(イ) 昭和二四年六月九日賃金闘争に関する団体交渉の行われた際右三名が協力して右交渉場横にて、運輸、梅田、技術三支部の合同職場大会を開かしめ、多数の従業員を煽動して喧噪混乱状態をひき起し、控訴会社専務取締役中村富強の吊し上げを行わしめたこと(原判決添付別紙書面中、被控訴人永浜に付一、の(二)、同浜中に付二、の(一)、同吉村に付三、の(一)記載の事実)。
(ロ) 同年一二月の越年資金問題の団体交渉に際しては右三名が多数の組合員及び社宅の家族等を動員して交渉場に詰めかけさせ、その周辺において被控訴人浜中は赤旗を振りかざして従業員を煽動し激烈なデモ行進を行うなどして、喧噪混乱状態をひき起し、交渉を不可能ならしめたこと(同じく被控訴人永浜に付一、の(ハ)、同浜中に付二、の(八)、同吉村に付三、の(四)記載の事実)。
右(イ)(ロ)の各事実に付て証拠関係を調べると次のとおりである。先づ(イ)については、原審証人小川広巳の証言及び之に依り成立を認められる乙第六一号証の二、本件弁論の全趣旨により成立を認められる乙第六〇号証の一、二、第六一号証の一に原審証人田中隆造の証言を総合すると、昭和二四年六月九日賃金闘争に関する団体交渉の始まる以前から、三階の同交渉室横に従業員が続々集つてその数五、六百名に達し各支部の合同職場大会が開かれ、被控訴人永浜、浜中等のアヂ演説、労働歌、ハンガーストライキ続行中の執行委員への激励などがあり、喧噪混乱を極め、事務をとるどころではなく職場の秩序は甚だしく乱されたこと、被控訴人三名はこの騒ぎの中心となつていたこと及びかような状況の下において控訴会社専務取締役中村富強が会場の中に連出されテーブル様の台の上に立たされ烈しい語調で四方八方から詰問され、退場しようとすると強制的に踏み留められ、物凄い罵言が飛び非常な不安と脅威を与えられたこと並に団体交渉が余りに荒れて所轄曽根崎警察署より解散命令を出すとの注意を受けたことさえあつた事実が夫夫疏明せられる。
又(ロ)の事実については、原審証人小川広巳の証言及び之に依り成立を認められる乙第六五号証の一、二と原審証人田中隆造の証言を総合すると、昭和二四年越年資金問題については連続的な団体交渉の都度多数の組合員が交渉場に押しかけて騒いだので正常な話し合いが出来ず、特に一二月一三日の団体交渉においてクライマックスに達し、午後四時頃より三階事務所大会議室で交渉が始められたが、多数の組合員とその家族達が詰めかけ、夜に入つては次第にその数も増え、交渉室に入り切れず、交渉室の周り、廊下階段等は組合員で一杯となり、交渉室の外ではあちらこちらで党員等がアジ演説を行い、又分会毎にスクラムを組んで分会長を先頭に「ワッショイワッショイ」の掛声と共に労働歌を放唱しながら、罵声と怒号を交えて交渉室の周りを駈け巡りそのためにガラスは毀れ、その辺の机や椅子等は倒れる等言語に絶する混乱無秩序の光景であり、被控訴人浜中、吉村等も赤旗をふりかざし笛を吹き鳴らして駈け廻つていた事実、一方交渉室内では押しかけた組合員と家族で詰り、抗議文をつきつけるのは勿論のこと、組合員の中から常に弥次や罵声、或は脅迫的な言葉が吐かれ、想像もできない程常軌を逸した交渉状況の下において被控訴人永浜が執拗に会社側に迫り、暴力による脅迫以上の行為が続いたので曽根崎警察署より傍聴者は即時退去するようにとの勧告があり、漸く傍聴者が引揚げた事実が疏明せられ、以上の認定を動かすに足る疏明はない。
以上に認定した事実関係に付考察してみると、もとよりこの種の交渉は労資間の激烈な闘争の場であるから、通常の交渉の場面と全く異なる事態の現出されることもその例に乏しくないところであつて、このことも十分考慮に値する事柄である。しかしながらそれにも拘らず右に認定した事実は、この種の交渉に伴つて通常発生するような紛争状態の域を遙かに越えたものと謂うべきであり、右(イ)(ロ)の事態における被控訴人三名の行動はまさに企業秩序を破壊するものであつて、先に認定したような最高司令官の命令指示に謂う攻撃的活動家に該当するものと解せられ、而も右の命令指示自体には何等違法無効の廉の無かつたことは先に説明したとおりである。それと共に占領下の問題は矢張りその当時の事態を前提として之を評価するのが相当であるから、控訴会社が右最高司令官の命令指示に基いて被控訴人等を解雇したことの当否は、矢張り右のような特殊の政治的社会的状況の下においては、相当な措置であつたものと現在においても評価するのが妥当である。
以上の次第であつて、控訴会社が被控訴人三名に対してなした本件解雇は無効と認めることはできないから、その無効であることを前提とする本件仮処分申請はその余の争点に付判断をするまでもなく、すでにこの点において理由のないものとして却下を免れないものであり、之を認容した原判決は不当であつて取消すべきである。仍て民事訴訟法第三八六条第八九条第九六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)